2006年12月27日
(1) 味覚と記憶の神秘 〜 時空を漂うさぬきうどん
サイケデリシャス.........このブログでは、ギリシャ語のpsyche(心象)と、英語のdelicious(美味しい、心地よい)を掛けあわせた、そんな浮遊するような心地良い流れでうどんを捉えていきたいと思います。
味や香りの記憶は、時空を超えて昔の情景を一瞬の内に、鮮やかに甦らせる力も持ってるし.....皆さんもきっとそんなFlash感覚な経験がおありだと思います。うどん周辺に関して、思いつくまま、感じるまま.....自由に表現していきたいな。

(撮影:荒井義久氏...1970年代のポスターは、ユーモアたっぷり。宇高連絡線フェリーのデッキで、なぜか外国人男性と讃岐の少年の組み合わせ ^^;;; かなたに見えるのは屋島です。)
(1) 時空を超えた「さぬきうどん」感覚
「味や香りの記憶は、時空を超えて昔を一瞬の内に、甦らせる力も持ってるし。」....うどんを食べながら、現実と遠い昔の思い出が交錯する......まあ、それは日常的に頻繁にはありませんけど確かに存在すると思います。
たとえば、強烈なニボシのだし(香川県ではイリコのことを「ニボシ」と呼んでいた)のうどんに出会うと、一瞬にして自分が法事のお膳の前に座った小学生になったりすることはありえるのです。法事のお膳に必ず出た懐かしき"湯だめうどん"。

真っ黒な辛めの醤油味と、イリコのダシとの渾然一体のつけつゆ。薬味は、ネギと生姜のみ。
子供ながら、ぬるま湯に漂ううどんを、つゆに浸けずに、そのまま食べた時の旨みと鼻にぬけるまさに馥郁(ふくいく)たる香り.......これが忘れられない。まさに、「うどん喰い」の小学生が昔、そこにいたのです。
讃岐人にとって、うどんは身近な食べ物であったと同時に、行事でもてなす食事、あるいは「ハレの食」(ハレ:非日常、祭事等を指す)でもあったんですね。
ですから、讃岐人は、小さい時からうどんをエネルギーにして成長、そして成人するといってもいいと思います(笑)。
そんな「食」の環境下、讃岐人のうどんと、うどん店への評価は真剣かつ明瞭。但し、それは自分の中での評価。 たとえば、人に自分のうどんの好みや、講釈をせずにはおれん!!!という人は案外少ないですね。黙って、好きなうどん店は決まっている、という感じ。
なにせ、香川県内のうどん店は900軒を超えているといいますから ^^;;;
一方、讃岐人は食事に際して待つことはできないセッカチさがかなり強烈なことを見逃してはならない.....かな?大抵、郊外のお店でズラ〜ッと並んでいる人は県外から来て頂いた方々が多いのではないでしょうか。
投稿者 staff : 2006年12月27日 16:31


