手打ちの技と小麦粉へのこだわりから生まれた「蔵吉うどん」。
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2007年05月03日

(6) 讃岐における「サイケ」のもうひとつの意味

さて....2006年末よりスタートした「サイケなうどんブログ」ですが、「サイケ」という言葉について。一般にサイケ、というとサイケデリックという意味で.......
woodstock_arch(S).gif

1960年代後半に世界的に流行したロック音楽(ジミ・ヘンドリックス、ドアーズ、ジェファーソン・エアプレーン、バニラ・ファッジ(1968年当時の表記は”ヴァニラ・ファッジ”....この方が私にはピッタリきます ^^;;)、 アイアン・バタフライ等々)や絵画・デザインなど芸術の世界のムーブメントを指します。

この世界同時進行のムーブメントを生み出したのは、戦後ベビーブーマー(米)とかバルジ(英)と呼ばれた新世代。この新世代が成人し、体制派(旧世代)に対して自らの新しい文化や思想を生み出そうとしていた時代。それが、1960年代中期〜後期でした。

その新しい世代の芽生えの流れの中で、べトナム戦争は展開されていきました。新旧世代間に激しい摩擦が起きたまさに激動の時代だったと思います。

日本では、1960年代はちょうど高度経済成長の時代。世界の動きと同期して、日本でも、新しい国に生まれ変わるための激しい変化と同時に、活気に満ちた激動の時代だったと思います。

讃岐うどんも実は、この流れと無関係ではありませんでした。1970年の万博(日本万国博覧会)。高度経済成長を実現した日本の繁栄の象徴だった万博。日本中が沸き立ち、国民は大阪府吹田市の万博会場に足を運び、半年間の開催期間の入場者数はなんと6,400万人。

讃岐うどんが、全国に知れるようになったきっかけは、実はこの万博だったのでした。万博会場での讃岐うどんの売れ行きはすさまじく、茹うどんを作って送っても送っても間に合わない状況でした。讃岐うどんは、素早く出してすぐ食べ終わるという回転の速さというファーストフードの側面を持っていた、ということが寄与した一面もあるかもしれません。
しかし、何より「さぬきのうどん」は美味しかったのでしょう。

長く香川県内だけで食べ続けられてきた讃岐うどんが、全国に向けての旅立ちを開始したリレーのタイマツの火は、万博によって点火されたということでしょう。

さて今回、そんな時代の空気を感じさせる、当時のサイケデリック・ロックの2枚のアルバムをピックアップしてみました。

Beautiful Day(R3).jpg
【It's a beautifulday / Same,1969年】...produced by David Laflamme

このIt's a beautifuldayというロックバンドは、米国Rockの聖地と言われる(花の^^;;)サンフランシスコから1969年に登場。彼らの音楽は、浮遊感を伴う不思議な感覚、無国籍的な雰囲気を持ち、ヴァイオリンと女性ヴォーカルをフューチャーしたユニークなサウンドを特徴としていました。

代表曲の”White Bird”や”Hot Summer Day”は、哀感を伴う美しい曲。中近東の音階を取り入れた自由でユニークな音楽性や曲調からして、まさにあの時代の「フリーダム!!」を求める気分を漂わせます。

ディープ・パープルの”チャイルド・イン・タイム”は、”White Bird”の曲にソックリで当時、耳を疑うほどでした。因みに、”white Bird”の方が1年先にリリースされていますね。
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Vanilla(R3).jpg
【Vanilla Fudge / Renaissance(ルネッサンス),1968年】...produced by Shadow Morton -- (原盤:ATCO 33-244)

これこそ真性サイケデリック・ロックバンド!!.....と思う。^^;;;
このアルバムを初めて聴いたのは、1970年秋。ドノバン作曲の「魔女の季節」の怖〜い(^^;;) 幻想の世界に完全にハマリました。当時のベトナム戦争や米国の社会文化背景を色濃く反映している名曲だと思います。

私には、1960年代後半から1971年位まで、日本にも重く暗い雲が垂れ込めていたような印象があります。
夕方のTVニュースでは、毎日毎日 米軍のベトナム「北爆」の様子が流れてた記憶が......子供ながら、その重い空気を感じていました。

この突出した創造性を持つバンドは、やがてカクタス(米国Blues Rockの最高峰!!...だと思う ^^;;;;)に発展していきます。VocalとOrganのマーク・ステイン(Mark Stein)は、「ブーメラン(Boomerang,1971年)」というバンドを結成。スピーディーな展開の80年代ハードロックを先取りしたような先進性を持ったアルバムを発表しました。
又、Fudgeの前身バンド「ピジョンズ(Pegeons,1966年)」もラスカルズ系のストレートなR&Bを基本に、のびのびと演奏しているとても良いアルバムです。

Pigeons(R).jpg
【Pigeons/While the world was eating Vanilla Fudge,1966年】....producer: unknown -- (日本盤 テイチクレコード UPS-1203-S)

Boomerang(R).jpg
【Boomerang/same,1971年】....produced by Boomerang,excutive proder : Bob Ronge -- (原盤:RCA LSP4577)
それにしても、このジャケットのセンスは??? ^^;;;;;;

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で、実は香川県では、田植え始めを「サイケ」と呼びます。 まあ、それだけのことなんですけど ^^;;;
田植え終い(しまい)をサノボリと言うんですね..........(続き: 下をクリック!!)

香川では、「田植えは半夏までに済ませておこう。遅れるほどコメの育ちが悪くなるし、収穫高も少なくなる。」といわれ、夏至から数えて11日目を半夏(はんげ=7月1日或いは2日頃)として、この日、刈り立ての新麦でうどんを打つ習慣があります。農家の人が半日、地域によっては一日ゆっくり骨休めするのが半夏(半夏生)、そしてその時に作り、食べるのがいわゆる「半夏(はんげ)うどん」。

「降雨が少なく、耕地面積の狭い讃岐で、日々続く厳しい農作業の流れの中に組み込まれたうどんという食べ物、実は今の切り落としスタイルの麺が県民の日常の食事となったのは、比較的最近のことで、長く「ハレの日」あるいは、催事の食べ物でした。

※ 良好:石臼レプリカ soft.jpg
【当社に設置している水車付き石臼 (小豆島土庄町の水車職人:製作)】

戦前、地主から農地を借りて讃岐の大地を耕し続けた農家の人たちは、大正時代の小作争議を経て麦年貢が廃止されるなかで、唯一、麦の収穫のみが手元に残るという事情がありました。

麦(小麦、裸麦)が常食であり、お米の飯が食べられるのは盆と正月だけだったと言われる時代を通じて、それが要因の全てではないにしろ、これらの讃岐地方の農業の厳しい歴史が、小麦の粉食文化たる讃岐うどんが郷土食として讃岐の地に根付いたひとつの背景としてあると思うのです。

投稿者 staff : 12:56

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